「愛と詩を見つめて」

♪マコ・・・甘えてばかりでごめんね タミコはとっても幸せなの〜♪

1962年大阪。
タミコは病院のベッドの上で手紙を書いていた。
東京に住むボーイフレンドのマコ(マコト)に宛てた手紙である。



「マコ、元気にしてる?この前会ってからもう3週間が経つのね。
私はとっても元気。あ、療養中なのに元気って変?(てへっ!!)
同室のたえちゃんは薬の副作用で毛が抜けてトラ刈りみたいになってしまって
すっかり落ち込んでいます。でも毛ならまた伸びるからいいよね・・。

片目しか見えないって不自由よ!
今でも1日1回は机にひじをぶつけたりつまずいて転びそうになるの。
右目に負担がかかって疲れやすいから本を読んだり細かい作業はダメって
先生に言われてるんだけどこっそりベッドの下に詩集を隠してるの♪

手紙を書いてるのもばれたら大変だわ。とーっても怖い看護婦さんがいるの。
怖い顔してるから小児科の子供達がみーんな逃げて行くのよ。
あ、看護婦さんの見回りが来たみたい。それじゃ今日はこの辺で。
マコも体に気をつけてね。   タミコ」


トラ刈りたえちゃん。(友情出演)

泣く子も黙るこわ〜い看護婦。

「先生の言うこときかない悪い患者はいねえか〜。食っちまうぞ〜!!」


「手紙ありがとう。
タミコは頑張り屋さんだから無理をして体を壊すんじゃないかと心配です。
月末にバイトのお給料が出たらまたそちらに行きます。
詩集は今度僕が行ったときに読んで聞かせてあげるから
今はおとなしく先生の言うことをきいて養生して下さい。
くれぐれも怪我には気をつけて。

今、夏祭りの出し物の「カッパ踊り」の練習をしています。
うまくカッパになりきれているかな?
キュウリはあまり好きじゃないので、くわえているのは苦痛です。
友達が写真を撮ってくれたので同封します。
淋しいときや落ち込んだときにはこれを見て元気を出して!!
それじゃあまた。  マコト」

カッパになりきる練習中のマコト。
大学生のマコトはタミコに会う交通費を稼ぐために
アルバイトに精を出しているのだった。


「マコ、手紙と写真ありがとう。
写真、あんまりおかしくて笑いすぎて、こっそり読んでたのにバレちゃったわ。
マコは根が真面目だから、こんなことにも一生懸命なのね。
私も夏祭りに行ってマコのカッパ芸を見てみたいなあ・・・。

ところで今日は報告があります。
実はこのところ右目の上にはれものができて目が開けられないの。
薬を使ってもなかなか小さくならなくて、それで昨日先生とお話をして
思い切って完治に賭けて手術をしてみないかと言われたの。
でもメスを入れるのは不安だしあれこれ考えてすごーく悩んだんだけど・・・
思い切って手術してもらうことに決めました。

だってマコのあの写真を見ていたら、細かいこと悩むのがバカバカしくなって
早くここから出て自分の時間を自分で好きなことに使いたくなったの。

手術はあさってです。
マコ、無理してこっちに来なくていいからね。学校だってあるんだから。
どうせ来てもらっても私はマコの顔を見ることもできないわ。
手紙も書けなくなっちゃうけど心配しないでね。
それじゃ元気で。夏祭り頑張って。     タミコより。」


東京にいるマコトはタミコからの手紙を何度も何度も読み返した。
「大変だ。キュウリくわえてる場合じゃないぞ!!」

「来なくていいって書いてあるけど・・・
僕にはタミコが来て欲しいって言ってるような気がする・・・・
本当は来週に大阪に行く予定だったけど、やっぱり会いに行こう!!」

マコトは汽車に飛び乗り、大阪へと向かった。
まだ東海道新幹線が開通していない時代である。
何時間もの道のりを汽車に揺られながら、マコトは祈るような気持ちでいた。


大阪に着いたマコトはタミコの入院するC病院に向かった。
病院の南側のガン病棟と呼ばれる建物の中にタミコはいる。
ベッドの上でタミコが静かに横たわっていた。
両目に巻かれた真っ白い包帯が痛々しい。

マコトはそっと声をかけた。「タミコ・・・?」

「マコ・・・マコなの?どこにいるの・・・?」

「僕はここにいるよ。」マコトはタミコの手を握りながら言った。

タミコ「来なくていいって言ったのに・・・。」

「あんな手紙もらったら誰でも来るよ。」マコトは少しはにかみながら答えた。

マコト「詩集を持ってきたんだ。約束どおり僕が読んであげるよ。
    誰の何ていう詩か当ててごらん。」
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マコトは詩集を読み始めた。

「こぼれ落ち葉をかき集め 野糞のごとき君なりき
こぼれ落ち葉に火をはなち 下僕(しもべ)のごとき我なりき
明石の恋のはかなさは こぼれ落ち葉の糞なりけん・・・・」

タミコ「あーわかった・・・!!!粉砂糖春夫の「明石の恋」ね!!
   私、彼のこの詩が大好きなの・・・!!!
   ねえ、野糞といえば覚えてる?ベテラン女優の民子と新人の健太が共演した・・・」

マコト「もちろん覚えてるよ、君と初めて一緒に見た映画だもの。」

民子「面白かったね「野糞の墓」!!私はあれを見て笑いころげて」

マコト「そして僕は泣き崩れたんだ。」

タミコとマコトは映画館で知り合った。
たまたま隣り合わせた2人は、同じ映画を見て全く違う感想を持つ相手に
驚きつつも強く惹かれ合った。
それから2人のデートはいつも映画館だった。

タミコ「楽しかったなあ・・・ほんの半年前のことなのにもう何年も昔のことみたい。
    もう一度・・・マコと一緒に映画が見たいなあ・・・・・・。」

白い包帯の下からこぼれた大粒の涙が、マコトの胸を打つ。

「うん・・・・・うん・・・・・先生の許可が下りたらね。」
マコトはそう答えるのがやっとだった。

♪マコ・・・わがまま言ってごめんね タミコは映画に行きたかったの〜♪
♪たとえこの目は見えずとも 2人で行った思い出を 涙で話してくれたマコ〜♪


マコトは翌日もタミコを見舞うため病院を訪れた。
タミコはいつになく沈んだ様子で、外の空気が吸いたいと言う。
マコトはタミコを連れて屋上へ上がった。

「ねえ・・・私、仮に病気が治ったとしてもこんな傷のある顔では生きていけないわ。
きっと結婚だってできないし、それならいっそこのまま治らない方がいいのかも・・・」


マコト「バカなこと言うなよ。治ったほうがいいに決まってるじゃないか!
   それに人間、顔がすべてじゃないよ。僕が言うのも何だけど
   君のお母さんでさえちゃんと結婚して君を産んでるんだから大丈夫だよ!!」

「ありがとう。そう言ってもらえると希望が持てるような持てないような・・・」
タミコは曖昧なほほえみを浮かべた。

マコト「あ、そうだ。今日ここへ来る途中いいこと聞いたんだ。
   岬のはずれにブラック・ジャック・ラッセル・テリアていう有名な整形外科医がいて
   どんな人でも絶世の美女にしてくれるって言うんだ。」

タミコ「まあ、それ本当!?」

マコト「うん。お金はたくさん取るけど腕は確からしいよ。僕、頑張ってバイト増やして
    必ずその先生のところへタミコを連れて行ってあげるよ。」

タミコ「嬉しいわ。それじゃあクレオパトラも真っ青な世界一の美女にしてもらって
   お金持ちでハンサムな人と結婚して、マコに毎月お小遣いをあげるわ。」

マコト「おいおい、そりゃずいぶんだなあ!!」

タミコ「あはははは!!!」

ようやくタミコの心からの笑顔を見ることができたマコトは心の底から安堵した。

タミコ「それじゃ約束ね、きっとよ♪♪」

指きりげんまんするマコト(笑)

しかし結局この2人の約束は果たされることはなかった。


2週間後。
マコトは病院のベッドの上に腰かけてタミコから来た手紙を読んでいた。

「マコ、先に退院しちゃってゴメン!病気うつしちゃってゴメン!!
マコは頑張り屋さんだからバイトし過ぎて疲れて抵抗力が弱くなってたのね。
私のために本当にごめんなさい・・・。
私はすっかり良くなって毎日元気に過ごしています。
先生がきれいに切って下さったので傷もほとんど目立たなくて
ブラック・ジャック・ラッセル・テリア先生のお世話にはならずにすみそうよ。
だからマコは安心してゆっくり静養してね。」

タミコの病気は左目が結膜炎、右目がものもらいだった。
入院中に右目にできた腫れ物がなかなか治らないのでメスで膿を出し
見舞いに来ていたマコトがものもらいをもらってしまった。
マコトはタミコと入れ替わりに眼科病棟(通称ガン病棟)に入院した。

左目が腫れて痛々しいマコト。

「そうそう、聞いたけどマコもあの看護婦の黒井さんのお世話になってるんだって?
うちのママが陰で  」

ここまで読んだとき黒井看護婦がやってきてマコトの持っている手紙を取り上げた。
「ほらほらほらっ!!こんな暗い所で手紙読んじゃダメでしょ!!
たくもう、言うこと聞かない患者ばっかりで・・・あら、先週退院したタミちゃんじゃないの

・・・うちのママが陰で黒井さんのことを「なまはげナース」って呼んでたてことは
くれぐれも本人には内緒にしてね。でもピッタリ過ぎて大爆笑だわ〜!!!
あんな怖い顔してるけどけっこう優しいところもあるのよ。
おまけに食い意地が張ってて食べ物に弱いから今度お見舞いに行くときは
黒井さんに美味しいお菓子を持っていくわね♪

・・・・お〜の〜れ〜タミコめぇ〜〜!!!!(怒)」

黒井看護婦「絶対お菓子持って来いよ、ウソついたら注射針千本刺したるっ!!!」

「追伸 同室のたえちゃん覚えてる?
彼女もすっかりよくなって今は美容師になるために学校に通ってるの。
それでカットの練習したいから私に練習台になってほしいって頼まれて
トラ刈りぐらいならまあいいかと快く引き受けたんだけど

バリカンを持つ手元が狂ったらしくてこんなふうに「脳天陥没刈り」されちゃったの。
雨が降ったら水が溜まりそうでしょ?
こうなったら開き直ってこの溝に水を注いでカッパになりきるわ!!
マコの代わりに夏祭りに出てカッパ芸を披露するから安心してね♪
それじゃまた・・・。    タミコより」


♪マコ・・・元気になってゴメンね〜 タミコはさっさと治っちゃったの〜♪

マコトは1週間後、無事全快して退院することができた。
彼が入院中、黒井看護婦に八つ当たりされたのは言うまでもない。
2年後に東海道新幹線が開通し、2人の距離はますます近くなった。
タミコも大学に復学し、卒業を待って2人は無事ゴールインしたのだった。
めでたしめでたし(^◇^)


注:この物語は「愛と死をみつめて」とは全く関係ありません。