「ひねくれ民子の一生」

民子は子供の頃から少しひねくれたところのある子だった。
自分の気持ちを素直に人に伝えられず、そのために損ばかりしていた。
小学3年生のとき友達のM子ちゃんが持っていたお人形が欲しくて欲しくて
夢にまで見るほどだったのにそれを言うことができず
ある日M子ちゃんに「民ちゃんにこのお人形あげるー!!」と言われ
民子は嬉しさのあまり「そんな人形嫌い!!欲しくない!!」と言って
人形を突き返しそのまま自宅に戻ってしまった。

また中学2年のとき初めて異性に告白されて
相手がずっと片思いしていたS君であったことに狂喜のあまり
「S君なんて私のタイプじゃない!!」と口走ってしまい
彼女の初恋は一瞬にして終わりを告げてしまった。

民子は間違いと気づいても自分の前言を撤回したりできない困った性格だった。

やがて学校を卒業した民子は地元の企業に就職した。
その近づきがたい雰囲気のせいか民子にはなかなか友達ができなかった。
ようやく親しくなれた友人たちも結婚退社で次々と去ってゆく。
もちろん民子には一度も恋愛経験がなかった。

「いいのよ。恋愛なんて柄じゃないし。ずっとここで定年まで働いて
永年勤続表彰されてハワイに招待されて空港でお姉さんにレイをかけてもらうのよ!」

しかしそんな彼女にもついに恋のチャンスが訪れた。
民子にアプローチしてくる男性が現れたのである。
民子が入社したときから密かに憧れていた同僚の納斗(ないと)である。

納斗「民子さん、あなたの眉毛が大好きです。僕とつきあってもらえませんか・・・?」

民子「ええええええーーーーっ!!!!?」

「そ、そんな、夢みたい、納斗さんが私を・・・?そんなことって・・・・
何かの間違い、私をからかってるの?ううん、彼はそんな人じゃないわ。
でもでも付き合うだなんてそんな、もし付き合って本当の私を知って幻滅されたら・・・
それならいっそ片思いのほうがまし・・・でもでもそんなもったいない、
いっぺんくらいデートしてみたら・・・ああああ。でもでも。どうしよう〜〜!?」

緊張に顔をひきつらせる民子に納斗は穏やかに話しかけた。
納斗「返事は今すぐじゃなくていいからゆっくり考えて・・・」
その言葉をさえぎるように民子は大声で叫んだ。
「いいえっ!!!今すぐお返事するわ。私はあなたと正反対の人がタイプなの。
悪いけど他をあたってちょうだい。さようならっ!!!」

納斗は民子の表情をじっと見て、「わかった・・・」と言って背中を向け去っていった。
こうして再び民子の恋は終わった・・・・。


民子にきっぱり交際を断られて以来、納斗の態度は一変した。
それまでのフレンドリーな態度からいっきによそよそしい態度に変わり
民子はあからさまに納斗に避けられているのがわかった。
陰で民子に関する根も葉もない噂を広めているという話も耳に入ってくる。

民子
「なによ見損なったわ。あんなにケツの穴の小さい男だったなんて・・・
ちょっとハンサムでスマートだからっていい気になって・・・」

「そんなケツの穴じゃ便秘したとき苦労するのよっ!!」


それだけではすまなかった。
最近民子はいつも誰かにあとをつけられているような気がする。
後ろでどなり合うような声が聞こえて振り向くと納斗のような姿がちらっと見えた。
民子「ストーカー・・・?まさか・・・・」


その日も民子は仕事の帰りに誰かにつけられている気配を感じていた。
民子「んもうっ。頭に来たわ。一体何なのよっ!!!」

「ちょっとー!言いたいことがあるんならはっきり言ったらどうなの!?」


しかし後ろを振り返った民子の目に映ったのは納斗ではなく見たこともない女性だった。
「あなたが民子さんね・・・?」
「はい、そうですけど・・・」
「初めまして。わたくし、納斗の母のエミでございます。」
「げげーっ!!納斗さんのお母さん・・・!?」

「あなたのことは納斗からよく伺っておりますわ。正直迷惑しておりますの。
納斗につきまとってしつこく交際を迫っているんですってね。
納斗は子供の頃から成績も優秀で今も職場で将来を嘱望されておりますの。
あなたのような人に周囲をうろちょろされては納斗の将来に傷がつきますわ。」

「はあ・・・・?」民子には何がなんだかさっぱりわからない。

「納斗にはもっとふさわしい方を考えておりますのよ。
あなたと違って上品で家柄もよくて美人で素直で素敵なお嬢さんをね。」

民子はだんだん腹が立ってきた。
「何なのよあの男は!ケツの穴が小さくて嘘つきでストーカーでマザコンで
おまけにとんでもない妄想癖の勘違いオトコだったなんて・・・・ああ気持ち悪い。
あんな男こっちからお断りよ。こうなりゃギャフンと言わせてやるわ!!」

民子はすうっと大きく息をすっていっきにまくしたてた。
「おあいにくさま!!私と納斗さんはラブラブ熱々のカップルなのよ!
誰が反対しても何がなんでも納斗さんと結婚するわ。おーっほっほ!!!」

「まあ・・・!」エミの顔がほころんだ。

こうして民子と納斗の婚約が決定した。




納斗(ないと)はニコニコしていた。
ここは納斗と民子が結婚式を挙げる予定のペットホテルのラウンジ。
ふたりは結婚の打ち合わせをしていた。

納斗「披露パーティーは友達をいっぱい集めて賑やかにやろうね!」
民子「言っとくけど友達なんてせいぜい昔の同僚の2人くらししかいないわよ。」
納斗「君の友人のM子ちゃんやS君も招待しておいたからね。」
民子「ちょ、ちょっと待って、どうして私の同級生を知ってるのよ!?」
納斗「うん、お袋が君のこと気に入っていろいろ調べたらしいんだ。
   ぜひ出席させていただきますって返事もらったよ。」

民子「あの・・・お母様、私達の結婚に反対じゃないの?」
納斗「え?どうして?素直で可愛くていいお嬢さんだって言ってたよ。」
ギフトコーナーで納斗の母は嬉々として引き出物を選んだりしている。

「おかしい・・・絶対におかしいわ。
あんなに反対してたから嫌がらせのつもりで言ったのにまさかOKが出るとは。
お母さんは大乗り気だし納斗さんも態度が全然違う・・・
もしかしてはめられたのかしら?
納斗さんは社内でもモテモテだしわざわざ私を選ばなくても他にいくらでも・・・・
あ、そうか、こう見えてもマザコンで嘘つきで親子でストーカーだから
きっとこれまで縁談がうまくいかなかったのね。
よく考えてみたらどこの世界にあなたの眉毛が好きですって言う男がいるのよ
普通はあなたの笑顔が好きとか目が可愛いとか言うはずよ!!
それにケツの穴だって・・・・」
民子はぶつぶつと小声でつぶやいていた。
しかし強情な民子はいまさらあれは失言でしたとは言えない。

そうして結婚式の日がやってきた。
民子の幼馴染みや同級生達は心から民子を祝福し賛辞を述べ
披露パーティーはなごやかに行われた。
「みんなおかしいわ・・・こんなにも喜んで祝ってくれるなんて・・・・??」

どうにも合点のいかない民子

「いやあ。いい披露パーティーだったね!!」納斗は今日も上機嫌だった。
納斗「M子ちゃんとS君は君の事を恋のキューピットだって言って感謝してたよ。」
民子「ええっ!!あの二人結婚してたの!?そういえば苗字が変わってたわ・・・」
納斗「君ってみんなの人気者だったんだね。泣いて喜んでくれてたし。」
民子「そんなことないわ。嘘ばっかりついて嫌われてたはずよっ。」
納斗「でも自分に有利な嘘は決してつかなかったって言ってた。」
民子「・・・・・・」

民子は皆が座を盛り上げるため納斗に頼まれて芝居をしていたのではないかと
一瞬本気で思ったほどだったがそうではなかった。
実は民子には「心の中と反対のことを言ったとき大きな目を見開いて
眉毛をピクピクさせる」というクセがあったのである。
親しい者たちは皆知っていたが本人だけが気づいていなかった。

納斗
「君は真面目で働き者だし会社でも評判が高かったんだ。
取り引き先の連中にも紹介してくれってしょっちゅう頼まれたけど
先約がいるからって言って僕が全部断っておいた。
社内にいるライバルたちも全部蹴散らしておいたから。」

民子は頭がくらくらする。
「ど・・・どうやって・・・・?」
納斗「うん、まあ少々汚い手はつかったけどね。あはははは!!!」
民子「こっ、この男って・・・・・(わなわな)」

知らないところで自分が一体何を言われていたのか想像しただけで恐ろしく
民子はずっと勤めるつもりでいた会社を辞めてしまった。


民子と納斗の間にはなかなか子供ができなかった。
「いいのよ。子供なんか好きじゃないし、どう接したらいいのかもわからないわ。
どうせ私みたいな人間に育てられたら根性の曲がった子になるに決まってる。」

しかしある日納斗は民子にこんな提案をした。
「養子を迎えよう。それも一人や二人じゃなくて保育園か幼稚園ができるくらいいーっぱい!」

納斗はさっそく子供を一人連れて来た。翌年もその翌年もさらにその翌年も・・・。
民子の家は近所でも有名な大家族となった。

民子「ああもうもう忙しいったら忙しい〜〜!!!!」
民子は外で子供たちの運動靴を洗っている。洗っても洗っても終わらない。
「たくもう幼稚園児や小学生じゃあるまいしいくら部活だからってここまで汚さなくたって!」
民子は眉をピクピクさせた。文句を言いながらも鼻歌を口ずさんでいる。
納斗が連れて来た子供たちは皆可愛い盛りの幼子・・・ではなく中学生や高校生の
大きな子供たちばかりだった。おまけにひと目で他人とわかるくらい二人に似ていない。

納斗は子供が増えるたびに母親のエミに紹介しに行く。
納斗「母さん、また子供ができたよ。」エミ「まあまあ。今度は女の子なのね♪」
民子は陰で思い切りツッコミを入れていた。
「まあまあじゃないでしょ全く!!できたよって、作ってないし!産んでないし!
やっぱりおかしいわこの親子。この親にしてこの子ありね。どこが保育園、どこが幼稚園よ。
大きな子供たちばかりでこれなら進学予備校ができるわ!!」
民子のつぶやきをよそに納斗とエミは楽しそうに笑っていた。

家族みんなで公園へ。(母親の民子撮影)


おたんじょうかい。


そしてさらに子供が増えた・・・。



つづく。